両面提示の心理学 なぜ、テレビCMや広告でよく使われるのか?

両面提示
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メリットとデメリットの両方を伝え、説得力を高める方法を「両面提示」という。

とりわけ説得する相手と十分な信頼関係ができていないときには効果を発揮する。

この言葉を知らないまでも、デメリットも包み隠さず伝えるとかえって相手の信頼が得られやすくなることを経験的に知っている人も多いだろう。

商品の売り込みなど1対1の営業トークでは必須のテクニックだが、実は不特定多数の人々を相手とする広告コミュニケーションでも使われることもある。

広告であえてデメリットを伝えることは常識を覆(くつがえ)す「逆張り戦略」にも匹敵する。

その斬新さや独自性ともあいまって、群を抜く説得効果を上げることもあるようだ。

目次

「まず~い、もう一杯!」  奏功した「両面提示」の説得手法

1990年代に「まず~い、もう一杯!」のテレビCMで大ブレイクした商品がある。

キューサイの青汁だ。悪役スターで知られる俳優の八名信夫さんを起用し、しかめっ面であえて「まずい」と言い放ったことが強烈なインパクトを残す。

福岡市に本社を置くキューサイが健康食品の通販事業で躍進を遂げるきっかけにもなった。

全国区で売り込もとする商品にあえて「まずい」などと欠点を語る必要があったのだろうか? 

NIKKEI STYLEの2016年12月20日の記事によれば、初めはCMに別のセリフが用意されていたという。

しかし、八名信夫さん自身が実際に青汁を飲んだときに率直にまずいと感じたため、「まずい」って言ってもいいかと聞いたら、「何かフォローする言葉を付けてください」と言われたらしい。

それで「もう一杯」というセリフが足されたようだ。

しかし、結果的に「まずい」と正直にCMでいったことが信頼につながり、店頭で事前に試すことのできない通販商品にヒットをもたらしたのだ。

デメリットも包み隠さず伝える「両面提示」

こうしたメリットとデメリットの両方を伝え、説得力を高める方法を「両面提示」という。

「二面提示」という言い方もする。

社会心理学には受け手の態度や意見を特定の方向に変化させる「説得的コミュニケーション」という研究領域があるが、「両面提示」はその領域の筆頭とも言えるほどよく知られた説得手法だ。

実際、「両面提示」の説得効果は高く、とりわけ説得する相手と十分な信頼関係ができていないときには効果を発揮する。

デメリットまで包み隠さず話したことが信頼感を芽生えさせるきっかけとなるためだ。

また、説得する内容に関して、相手がある程度知識を持っているときに「両面提示」の説得効果はより高まるという。

そこそこの知識があると自負している人は一面的な情報だけを提示されると、不利な情報が隠されているとかえって疑ってしまうらしい。

さらにメリットとデメリットを伝える順番もポイントとなる。

一般にデメリットを先に伝えてからメリットを提示するほうが説得効果は高い。

メリットがより強調されて相手の記憶に刻まれるためだという。

これは親近効果(リーセンシー効果/終末効果)と呼ばれるもので、最後に接した情報のほうがより印象に残り、評価に影響を与えやすいことによる。

とはいえ、メリットだけを伝える「片面提示」のほうがむしろふさわしい場合もある。

相手との信頼関係が既にできているときはメリットだけ伝えれば十分だ。

また、既に相手が判断を下す一歩手前まで来ていて、そこにダメ押しするタイミングなら、わざわざデメリットを伝えて無駄に相手を迷わせることはない。

裏を返せば、「両面提示」を使うなら、相手が未だ比較検討モードにあって、それゆえ他者から説得に耳を貸そうとしているタイミングが狙い目といえる。

マーケティング分野でも出番の多い「両面提示」

この「両面提示」による説得手法は日常生活にもかなり浸透している。

「両面提示」という言葉は知らないまでも、無意識のうちに多くの人が説得効果を高めようと駆使しているのだ。

商品を売り込む営業トークなどで、デメリットもきちんと伝えるとかえって相手の信頼が得られやすいという経験則を見いだしている人は少なくないだろう。

マーケティングの施策としても出番は多い。

たとえば、食品スーパーのオーケーは、商品の状態や価格に対する“正直”な情報を利用者に知らせる「オネストカード」を店頭に掲出することで知られる。

南アフリカ産のグレープフルーツであれば「フロリダ産に比較して甘みが不足しており、若干の酸味がある」といった具合だ( ITmedia ビジネス 2022.8.9)

正直に伝えるからこそ顧客からの信頼を勝ち得ているという。

この取り組みの甲斐もあって、オーケーは「JCSI(日本版顧客満足度指数)」の調査で12年連続で顧客満足度が最も高いスーパーに選ばれている。

オリコン顧客満足度調査「転職求人サイト」ランキングで5年連続第1位に選ばれたエン・ジャパンの「エン転職」も「両面提示」を駆使した格好の例だろう。

同サイトでは求人企業を取材し、良い点もそうでない点も正直にサイトに記載することにこだわり、現社員や元社員のクチコミ、それに対する企業担当者のコメントなど多面的な情報提供を心掛けている(@Press 2022.6.1)

目指すのはミスマッチのない「人と企業の出会い」だそうだ。

「両面提示」は本当に説得効果を高めるのか?

この「両面提示」は、多くの研究者たちによって、その説得効果が実際に高いことを示す数々の心理学の実験が行われている。

その実験の例をいくつか挙げてみよう。1つ目は大学で学生を対象に行われた実験だ(出所:「この「ひと言」で相手が動く! ことばの心理テクニック」)

まず事前のアンケート調査で学生たちの「一般教養(リベラルアーツ)」に対する賛成度を把握しておく。

その後、学生たちを2つのグループに分け、一方に「一般教養課程は幅広い人間形成をし、円滑な人格を身につけるために大切だ」という肯定的な主張ばかりを示した文章を読ませた。

もう一方には同じ内容であったが一ヵ所だけ「一般教養課程は必ずしも専門教育に役立つとは限らないが」というデメリットを表す一文を含んだ文章を読ませたという。

再びアンケートで「一般教養」に対する賛成度を尋ねると、デメリットを表す一文を含んだ文章を読ませられたグループのほうが、事前の調査の時よりも賛成度がアップしたという。

どうやら人はメリットとデメリットの両方を知り、そのバランスの中で自ら判断するのを好むようだ。

一方的なことだけを述べられると何か裏があるような気になるし、自分は一方的に説得させられていると感じてしまう。

指し手 駒

すなわち、チェスや将棋でいえば、自分が主体的に関わる「指し手(origin)」なのか、単に従うだけの「駒(pawn)」なのかということだろう。

「両面提示」だと判断に主体的にかかわる余地が生まれ、自分が「指し手」との意識が持てるようになる。そのため、説得の妨げとなる「心理的な抵抗」がそれだけ和らぐのだ。

もう一つ、ややこみいっているが、古典的な以下のような実験もある(出所:ITmedia エンタープライズ 2013.10.15)

第二次世界大戦中に約600人の兵士たちを対象にアメリカで行われたものだ。

ドイツが降伏した後「日本との戦争がまだどのくらい続くか」をテーマとし、「かなり長引く」ことを兵士たちに説得しようと試みる。

ある兵士には「長びくことの根拠」ばかりを説く「片面提示」で説得する。

別の兵士には「早く終わることの根拠」も交えつつ、「やはり長びくだろう」という「両面提示」による説得を行った。

「片面提示」と「両面提示」のどちからが説得効果が高いかは、兵士たちが「日本との戦争が長引く」と事前に想定していたか否かによって異なったという。

説得を受ける前から「長引く」と考えていた兵士たちは「片面提示」のほうが説得効果が高く、「早く終わる」と考えていた兵士たちにとっては「両面提示」のほうが説得効果が高かったという。

相手のもともとの態度が説得する方向と同じ(長引くと考えていた→長引くと説く)なら「片面提示」が効果的だった。

一方、相手の態度が説得する方向と異なっている(早く終わると考えていた→長引くと説く)なら「両面提示」のほうが効果的だったということだ。

現実の世界で説得という行為は、相手が自分とは異なる態度や意見を持つ場合に行われるのがふつうとなる。

ということは「両面提示」のほうが出番も多く、それだけ分があるということだ。

メリットとデメリットの因果律が説得効果を高める鍵

もうひとつ、「影響力の武器 実践編」(誠信書房、2019年)に紹介されていた「両面提示」に関する興味深い実験結果がある。

レストランに関する3種類の広告を制作し、それらを実験参加者に提示し、レストランの評価をさせる。

1つ目はレストランの雰囲気のよさなど顧客にとってのメリットだけを伝える広告である。

2つ目は「くつろいだ雰囲気ですが、専用駐車場はありません」といったメリットとそれに無関係なデメリットを伝える広告だ。

そして3つ目は「当店は狭いですが、くつろいだ雰囲気です」というようなデメリットといかにもそれに関係がありそうなメリットを伝える広告である。

その結果、レストランの評価が最も高かったのは3つ目のデメリットとメリットに関連性がうかがえる広告だったという。

この結果が示唆するのは、商品のメリットとデメリットの双方を伝えるにしても、デメリットがメリットの裏付けになっているという「因果律」が見て取れるほうが、より説得効果が高まるということだ。

デメリットがメリットの「因果律」

たとえば家電量販店で、顧客に売り込みたい商品が競合商品に比べて値が張るとしよう。

その場合はまず、商品が割高で出費がかさむことを正直に認める。

その後に、その分、耐久性や省エネ性能に優れ故障も少ないため、長い目でみればメンテナンス費用が節約できることをアピールするようにするのだ。

潔くデメリットを認めたことで顧客の信頼が得られ、値段が高い理由も明確になり、商品のメリットについてもより納得が得られやすくなる。

冒頭で触れたキューサイの青汁も、「まずいのにもう一杯欲しい」と言っていることから、「良薬は口に苦し」的な類推が働き、効能が高いという印象につながったこともヒットの一因だろう。

こうした「心理実験」以外に、現実に起きていることに調査のメスを入れて「両面提示」の説得効果を実証した例もある。

「影響力の武器 実践編」にはこんな例が紹介されている。

陪審員の判断に関する分析では、弁護士が相手に指摘される前に、自ら弱点に率先して触れた場合、陪審員たちはその弁護士を誠実だとみなして信頼を置き、評決にあたってはその主張に対する支持が増したという。

また、求職者の採用に関する分析では、履歴書に長所ばかりを並び立てる人よりも、最初に短所や若干の不得意を明らかにした上で長所に触れる人のほうが、面接に呼ばれる確率が高くなるという。

どうやら「両面提示」は、そう簡単には白黒がつけにくい状況で、信頼感を築き、相手の態度を変えさせる一押しとしてかなり有効のようだ。

「両面提示」を世の中の流れに逆らう「逆張り戦略」へ転換する

さて、ここからはマーケターにとって「両面提示」の上級編ともいえるアプローチに話を移そう。

広告で企業や商品のデメリットをあえて言い放ち、「両面提示」を世の中の流れに逆らう「逆張り戦略」に転換し、説得効果を高める手法だ。

競争相手が早々は打って出ることのない戦略のため、斬新さや独自性を訴求できる利点がある。

古典的な例としては1960年代に米国のエイビスレンタカーが広告で打って出たNO.2戦略があるだろう。

「エイビスは、レンタカー業界の2位にすぎません。それなのにお使い頂きたい理由は? We try harder 私たちは一生懸命頑張って参ります!」と広告コピーに掲げる。

NO.1でないという欠点を潔く認めた上で、サービス向上に向けた企業努力を続けることをアピールしたのだ(日本経済新聞 2015.11.17)

そしてもう一つ、広告戦略の金字塔ともいえる例がある。

米国で1950年代の末から始まり、大成功を収めたフォルクスワーゲン「ビートル」の「think small」の広告だ。

「影響力の武器 実践編」によれば、その時代の典型的なアメリカ車のような見た目のよさは全くないという事実にあえて焦点を当てたのだという。

広告の見出しには「不格好なのは見た目だけです」「ずっと不格好なままでいい」というコピーが綴られた。

この広告を契機にビートルが米国市場で確かなポジションを構築できた背景には、その逆張りの意外性や驚きがプラスに働いたことはもちろんあった。

しかし、不格好という商品のデメリットにあえて言及したことで、誠実で信頼できるというイメージを獲得できた効果も見逃せないだろう。

ビートルの燃費のよさや値段が手頃であることを売り込むのにも、より説得力が増したはずだ。

「両面提示」の本領を発揮した広告事例の一つだろう。

アンダーアーマーのCMに見る「両面提示」の感情効果

もっと最近の例では、2010年代の半ばにスポーツ用品メーカーのアンダーアーマーが始めた、アフリカ系アメリカ人のバレエダンサーを起用したCMがある。

CMでは、世界最高峰のバレエ団でソリストとして活躍するミスティ・コープランドが鍛え上げられた身体で、思わず見入ってしまうようなバレエ・ダンスを披露する。

しかし、耳に入ってくるのは意外な事実だった。ナレーションでは彼女が受け取ったされるバレエ団からの不合格通知が朗読されるのだ。

残念ながら結果は不合格となりました。身長、アキレス腱、脚線、座高、そしてバスト、貴方の身体はバレエにふさわしくありません。さらに13歳という年齢では遅すぎるのです。

視聴者は圧巻のダンスパフォーマンスの映像を見せられつつ、同時に彼女がバレエを始めるのも遅く、体形も筋肉がつき過ぎていて理想のバレリーナの体形とはほど遠かったことを知らされる。

その「両面提示」は一瞬にして感情移入を誘う。

彼女がいかに逆境や試練を乗り越え、伝統や格式とも闘い、強い意志を持ってここまでたどり着いたかに否応なしに想いを馳せられてしまうのだ。

CMは「I Will What I Want(私の意思のままに)」とのコピーで締めくくられる。

同CMは「強い意志があれば必ず強くなる。自らの強い意志こそが成功の秘訣だ」というアンダーアーマーのブランドコンセプトを体現して制作されたもの。

大反響を呼び、ブランドが躍進するきっかけの一つとなる。

人々はCMのストーリーにナイキやアディダスといったトップブランドに敢然と立ち向かうアンダーアーマーの姿を重ねたのだ。

アンダーアーマーの広告は「両面提示」が信頼を勝ち取るだけではなく、感情移入を誘うことで人々を説得し得ることを端的に示しているといえる。

今回の記事では説得手法の一つである「両面提示」について、その基本的な概念を説得効果の高さを示す実験結果やマーケティング施策の事例を交えながら説明した。

ここまで見てきたように「両面提示」は1対1の対面などによる交渉の場だけではない。不特定多数の人々を相手とする広告コミュニケーションでもその説得効果は高いのだ。

マーケティングは説得の連続となる。

勝負どころで流れを引き寄せられる一つのカードとして、「両面提示」という指折りの説得手法があることをマーケターなら頭の片隅に入れておいてもいいだろう。

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