郷愁が、横文字を打ち負かす。
時代は1970年代。
菓子売り場を埋め尽くしていたのは、横文字のネーミングだった。
カタカナ、アルファベット、洋風の響き。
それが「洗練」であり、「進歩」だと信じられていた時代。だが、明治は逆を行った。
「たけのこの里」。
ひらがなと漢字で綴られた、日本語のネーミング。
この選択が、45年にわたる国民的支持を獲得する起点となった。
緑色のパッケージが並ぶ菓子売り場で、なぜこの名前は記憶に残るのか。
形状との一致という直感性、「里」という言葉が喚起する温もり、そして「きのこの山」との対構造という三つの視点から、時代に逆らって成功した言葉の力を解剖する。
0.分析対象:のどかな里山から生まれた逆張りの勝利
基本情報:
1975年に発売された「きのこの山」に続いて、1979年に発売を開始した。
株式会社明治が製造・販売するチョコレートスナック菓子で、長さ2センチほどのタケノコ型をしており、クッキーの芯の頭をチョコレートが覆っている。
横文字の商品名が全盛の時代にもかかわらず、あえて郷愁や自然、人間の優しさというイメージを付加することで差別化を図った。
ネーミングは、商品の形状そのものである「たけのこ」と、姉妹品「きのこの山」との対比構造を成す「里」を組み合わせたもの。
パッケージもチョコレート菓子に多いブラウンなどではなく、緑色の色調を主体に里山を表現したデザインを採用し、ネーミングとビジュアルが一体となって世界観を構築している。
発売から45年以上を経た現在も、国民的な「きのこたけのこ論争」を生み出すほどの人気を保ち、日本ネーミング大賞2021においてレジェンド賞を受賞した。
海外では「CHOCOCONES」という商品名で展開され、たけのこ型という形状特性をストレートに伝える。
形状自体の独自性と認知度の高さにより、立体商標として登録され、模倣品対策にも成功している。
1.形が名前になる瞬間
スーパーの菓子売り場で、緑色のパッケージが目に入る。
「たけのこの里」。
この名前を見た瞬間、頭の中に形が浮かぶ。
円錐形の、先が尖った、あの形。
言葉と形が、完璧に一致する。
これほど直感的なネーミングは、珍しい。
1979年、開発チームは「きのこの山」の姉妹品を構想していた。
クッキー生地を使い、型焼という手法で形を整える。
出来上がったのは、たけのこのような円錐形だった。
ならば、名前も「たけのこ」でいい。
シンプルな結論だが、大胆な選択だった。
なぜなら、時代は横文字全盛期。
洋風のネーミングこそが「モダン」であり、「進歩」だと信じられていた。
だが、明治は逆を選んだ。
横文字ではなく、日本語。
抽象的な造語ではなく、具体的な形の名前。
そして、「山」に対する「里」。
この三つの選択が、時代の流れに逆らう勇気を示していた。
2.ネーミングスコアで評価する
- 音の快感度:★★☆
- 「た」の明るい破裂音から始まり、「け」「の」「こ」と柔らかく続き、最後に「の」「さ」「と」と開放的に終わる。全体的に優しく響く音の連なりだが、やや長めの音数が発音の軽快さをわずかに損なう。ただし、日常語としての親しみやすさは高い。
- 意味の深さ:★★★
- 「たけのこ」という具体的な食材名が、商品の形状と完全に一致する直感性。さらに「里」という言葉が、のどかさ、温もり、郷愁という多層的なイメージを喚起する。横文字全盛の時代に和のネーミングを選んだ逆張りの意図が、時代を超えた普遍性を生み出している。
- 記憶定着力:★★★
- 形状との完璧な一致が、視覚と言語の同時想起を促す。「きのこの山」との対構造が記憶のフックとなり、「山」と「里」という対比が自然な連想を生む。45年以上にわたる継続的な露出と、「きのこたけのこ論争」という文化現象が、世代を超えた認知度を確立している。
※評価軸について
- 音の快感度:発音したときの心地よさ、リズム、音が喚起する感覚
- 意味の深さ:表層的な意味と深層的な連想、解釈の広がり
- 記憶定着力:覚えやすさ、思い出しやすさ、忘れにくさ
3.成功の構造を解剖:温もりを築く三つの要素
3-1. 視覚的直感性:形と言葉の完璧な一致
「たけのこの里」と聞いて、形を思い浮かべられるだろうか。
円錐形の、先が尖った、あの形。
ほとんどの人が、瞬時に想像できるはずだ。
これが、このネーミングの最大の強みだ。
言葉と形が、完璧に一致する。
見れば名前がわかり、名前を聞けば形が浮かぶ。
この循環が、記憶への定着を強固にする。
長さ2センチほどのタケノコ型をしており、クッキーの芯の頭をチョコレートが覆っているという形状は、まさに「たけのこ」そのもの。
開発チームが型焼という技術で実現した形を、そのまま名前にする。
この潔さが、説得力を生んだ。
多くの菓子は、形状と名前が乖離している。
抽象的な造語、イメージを喚起する言葉、あるいは効果を示唆する名前。
それらも悪くはないが、直感性では劣る。
「たけのこの里」は、見た目と名前の一致という、最もシンプルで最も強力な記憶装置を持っている。
子供でもわかる。
説明がいらない。
この直感性が、幅広い年代への浸透を可能にした。
さらに、この名前は商品の「らしさ」を守る盾にもなる。
形状自体が立体商標として登録され、模倣品から保護される。
名前と形が一体化しているからこそ、ブランドの独自性が法的にも守られる。
3-2. 情緒的共鳴:「里」が呼び起こす安心感
「たけのこ」だけではなく、「たけのこの里」。
この「里」という一文字が、決定的な役割を果たしている。
「里」という言葉が持つイメージを、考えてみてほしい。
田園風景。のどかな村。
人の温もり。郷愁。
懐かしさ。安心感。
これらすべてが、「里」という一文字に込められている。

もし「たけのこスナック」だったら。
あるいは「たけのこチョコ」だったら。
機能的ではあるが、温もりはない。
「里」という言葉が、情緒を加える。
横文字の商品名が全盛の時代にもかかわらず、あえて郷愁や自然、人間の優しさというイメージを付加した戦略の核心が、この「里」にある。
都市化が進む1970年代、人々は失われゆく「のどかさ」に郷愁を感じていた。
「里」という言葉は、その感情に静かに寄り添う。
さらに、この言葉は音の響きも柔らかい。
「さと」。
開放的で、優しく、親しみやすい。
商品を食べる体験に、言葉が温かみを添える。
子供が食べても、大人が食べても、「里」という言葉が持つ安心感が、味わいに重なる。
菓子は単なる栄養ではなく、感情を満たすもの。
「里」という言葉が、その感情に応えている。
3-3. 歴史的重み:80年間変わらない「信頼の系譜」
「たけのこの里」は、単独で存在するのではない。
「きのこの山」という姉妹品との、対構造の中にある。
「山」と「里」。
この対比が、二つの商品を超えた世界観を生み出している。
ネーミングに「山」を入れて「きのこの山」とし、パッケージもチョコレート菓子に多いブラウンなどではなく、緑色の色調を主体に里山を表現したデザインを採用したことで、ブランド全体が「里山」という一つの物語を共有するようになった。
山と里。自然と人里。野生と暮らし。
この対比は、日本人の感性に深く刻まれている。
「山」は、少し遠く、神秘的で、冒険的。
「里」は、身近で、温かく、安心できる。
二つの商品が並ぶことで、消費者は無意識のうちにこの対比を感じ取る。
そして、どちらを選ぶかは、その日の気分や好みによる。
選択肢があること自体が、楽しみになる。
この対構造は、マーケティング上も機能している。
「きのこたけのこ論争」という文化現象が、SNS時代に再燃し、ブランドの話題性を持続させている。
どちらが好きか、という問いは、単なる味の比較を超えて、アイデンティティの表明にすら感じられる。
「山」と「里」という対比が、二つの商品をライバルではなく、相互補完的な存在にしている。
片方が売れれば、もう片方も思い出される。
この相乗効果が、45年にわたるロングセラーを支えている。
4.結論:和のネーミングという勇気の結実
時代に逆らうことは、リスクだ。
横文字が全盛の時代に、日本語のネーミングを選ぶ。
洗練された造語が溢れる中で、具体的な形の名前を選ぶ。
これらの選択は、当時としては勇気が必要だっただろう。
しかし、この逆張りが、差別化を生んだ。
「たけのこの里」というネーミングは、①形状との一致という直感性、②「里」という言葉が持つ情緒性、そして③「きのこの山」との対構造という三つの要素が重なり、単なる商品名を超えた「物語」になった。
45年にわたる一貫性が、言葉に歴史という重みを加えている。
流行に左右されない普遍性。
時代を超えた親しみやすさ。
そして、世代を超えた認知度。
これらすべてが、和のネーミングという選択から生まれた。
スーパーの棚で緑色のパッケージを手に取るたび、言葉が持つ力を感じる。
時代に逆らう勇気が、時代を超える強さを生んだ奇跡に。
そして、形と言葉と情緒が、シンプルな名前で融合する瞬間に。
多様な分野のネーミングを学術的視点から徹底解剖するシリーズ。
なぜあるネーミングは記憶に残り、あるネーミングは忘れ去られるのか。
音の快感度、意味の深さ、記憶定着力という三つの評価軸から、認知言語学・修辞学・音象徴学・行動科学といった学際的アプローチで言葉が持つ力の本質に迫る。
ブランディング実務者が実践で活用できる深い洞察の提供を目指す。